問いの集約
心身一如と三味線の稽古──テクニックでは改善しない大切なこと
三味線の上達が「テクニックの追加」だけでは頭打ちになる理由を、心身一如(心と身体は一つ)という日本古来の前提から整理します。演奏中に現れる癖(肩が上がる、力が抜けない等)を“身体の問題”として切り取らず、日常の心身パターンとして捉え直し、身体から心を整える稽古の具体例を提示。正確さや速さへ傾きがちな「テクニック的演奏」の利点と弊害を踏まえつつ、本来の稽古が目指す「自在」への道筋を解説します。
講座紹介(概要)
三味線の稽古において最初に押さえるべき前提として「心身一如」を掲げ、稽古が“テクニックの獲得”に還元されてしまう現代的傾向に対して、別の基準軸を提示する内容です。冒頭では、心と体は切り分けられたものではなく、体のあり方は心を表し、心の傾向は体の動作として現れること、さらに体から心へ・心から体へと双方向にアプローチできることが示されます。続いて、演奏中に出る「力を抜けない」「肩が上がる」などの癖が、日常生活で形成された心身のパターンとして三味線にも表出し、音(余韻や響き方)にも影響することを、実演を交えて説明します。
中盤では「テクニック」を、頭・心・体を分離させ、頭で体を支配・コントロールする(部分的に有効だが目的化すると危うい)方法として定義します。テクニック的演奏は、正確さ・速さ・音量などの“数値化しやすい方向”へ向かいやすく、スポーツやゲームのように楽しめる一方、心を閉じ、身体をモノとして扱ってしまう弊害を生みます。その帰結として「上手いと言われるが、心に響いたと言われない」「感情や身体反応(震える、涙が出る等)の反響が得られない」といった悩みが生じる構造を整理します。
後半では、腕を“預けられるか”という稽古例を通して、無意識の思考(人に頼ってはいけない、機会に合わせようとする等)が動作に現れ、自在を妨げることを具体化します。さらに、癖をテクニック的に強制矯正することが、心が拒絶して逆効果になる場合がある点に触れ、個性としての無意識動作を活かしながら、無理のない形で気づきを深めていく営みこそが「本来の意味での稽古」であると位置づけます。型と口伝(所作を真似ることで身体を通じて体得する)を、日本人の心身観に適した深い学びの方法として捉え直し、姿勢・構えが心の状態を表す例(猫背、胸を張りすぎる等)も示しながら、最終的に「稽古の本質は、特定場面で通用する技術の獲得ではなく、稽古を通じて心と体を整え、想定外の学びに向き合い続けること」を大切にしています。
この講義で立ち上がった問い
- ・「上手い」と言われるのに心に響かないのは、演奏のどの層が閉じているからなのか。
- ・テクニック(頭で体をコントロールする方法)は、どこまで有効で、どこから目的化の弊害が始まるのか。
- ・演奏中の癖(肩が上がる/力が抜けない等)は、身体の問題ではなく“日常の心身パターン”としてどう読み替えられるのか。
- ・癖を強制矯正すると逆効果になるのはなぜか。心が拒絶する「無理」の境界はどこにあるのか。
- ・型・口伝による体得は、言語や理屈では掴めない何を伝え、どのように心身を変えるのか。
- ・「自在」とは何か。無意識の束縛や障害をほどく稽古は、具体的にどのように組み立てられるのか。
内容の記録
Ⅰ.テクニックでは改善しない大切なこと(導入)
・三味線の稽古で重要なのは、技の追加だけでは届かない“土台”があるという問題提起
・ポイント:心と身体のつながり/心は身体に現れる/身体から心を整える/稽古の本質
Ⅱ.心身一如と三味線のお稽古
・心と体は一つという前提(体は心を表し、心は体に表現される)
・体→心、心→体の双方向アプローチが可能であるという稽古観
・現在この基本を教えられる教室が少なく、楽譜通り・テクニック中心になりがちな現状
Ⅲ.心身一如を前提とした稽古の一例(癖と音の関係)
・「力を抜く」と言われても途中で止まる、肩が上がる等の癖が出る
・癖は日常生活のパターンとして形成され、三味線にも出て音(余韻・響き)に影響する
・外からの触れ方・方向づけで“つながり”が変わり、音の印象も変化する例
Ⅳ.テクニック的演奏とは(定義と弊害)
・テクニック=頭・心・体を分離し、頭で体を支配・コントロールする発想(部分的に有効)
・目的化したテクニック的演奏の特徴:正確/速い/多い/大きい/ウケ狙い/数値化
・弊害:心を塞ぎ、身体をモノとして扱う。感情・身体反応の反響が得られにくくなる
・「上手いと言われるがその先が分からない」という相談の構造整理
Ⅴ.お稽古の一例:腕を預けられるか
・頑張り屋ほど“預ける”ができず、動作が固まる例
・「人に頼ってはいけない」等の思考が無意識に入り、動作に現れる
・触れているだけで預けられていない状態を見抜き、体感として整える稽古
Ⅵ.芸術・芸能の重要事項(自在と無意識の束縛)
・自在=束縛や障害が少なく、感じるままに動作できる自由度
・心の傾向(癖)は習慣化すると無意識となって身体動作に現れ、自在を妨げる
・癖の強制矯正が、心が拒絶して逆効果になる場合がある(本人の必要性が背景にある)
・無意識動作は個性・特徴でもあり、潰すのではなく活かしながら気づきを深める
Ⅶ.本来の意味での稽古(型・口伝へ)
・無理のない状態で自分に気づき、仲間とともに自在へ向かう営み=本来の稽古
・日本には心身に関する言葉が多数あり、体から心を整える方向で稽古が組み立てられてきた
Ⅷ.型・口伝(身体を通じて体得する)
・師匠の所作を真似ることで型を習得し、頭では学べない重要事項を体で掴む
・型が身につくと心も“いつのまにか”変わっているという学びの回路
Ⅸ.姿勢が表すもの(構えと心の連動)
・姿勢・構えは心の状態と連動し、音や動作の質に直結する
・例:攻撃的に構える/猫背で閉じる/胸を張りすぎて軍隊的になる、等の実演
・部分(速く弾く等)だけを取り出して矯正すると、本人の全体が壊れていく危険
Ⅹ.稽古の本質(結論)
・稽古の本質は「特定の場面でしか通用しない技術」を集めることではない
・良い身体動作・身体技術を身につけることで心が変わり、日常生活にも影響する
・本質に向かうほど想定外の学びに入る。分からないまま続け、後から成長に気づく
Ⅺ.全体を整える(実演)
・腕だけでなく“全体のつながり”として整えた状態で弾く試行
・自分では分からないが、整うと動作や緊張の出方が変わっていく
※個人や具体的な事例に関する内容は公開していません。学びを抽象化し、共有可能な知として整理しています。
※合同稽古とは、演奏ジャンル(長唄・端唄・小唄・地唄・民謡・津軽三味線・語り物 など)を問わず、さまざまな演奏者が集う場です。 そこで扱われるのは、技術、肩書きの優劣や形式の違いではなく、音楽・芸術・伝統芸能に共通する根源的な問いです。 理論の継承と実践を往復しながら、その問いを参加者どうしで探求していく場として開かれています。
初公開:2023-06-30 / 最終更新:2026-01-10