問いの集約
【上級編】演奏が人を引きつける瞬間はどこで生まれるのか──三味線(音楽)と武道の共通点(先手・後手/想定外/身体が先に動く)
上手に弾いているのに、なぜか退屈に感じられてしまう演奏があります。 逆に、技術の誇示でも派手さでもないのに、目と耳が離れなくなる演奏もある。 その差は「テクニックを増やす」ことでは説明できません。 本回では、演奏が人を引きつける瞬間がどこで生まれているのかを、 武道にも通じる「先手・後手」という感覚を手がかりに整理します。 さらに、音の使い方(想定内/想定外)と、演奏者の身体の状態(身体が先に動く/中枢的動作)を往復しながら、 熟達者が一度は通過する領域──小さな恐怖と幸福感が同居する状態──まで踏み込みます。 今すぐ理解できなくても構いません。必要な時に戻ってこられるように、記録として残します。
この回で共有した問い
- ・上手いのに退屈な演奏と、引きつけられる演奏の差はどこで生まれるのか。
- ・武道で言う「先手・後手」は、演奏の何と対応しているのか。
- ・「想定内/想定外」を音の使い方としてどう設計すればよいのか。
- ・先手を取りすぎて意味不明になる境界はどこにあるのか。
- ・演奏者の身体が先に動く状態とは何か。なぜ“頭でやる”ほど後手になるのか。
- ・中枢的動作(考えて動く)と、熟達者の動作(身体が先行する)の違いは何か。
- ・熟達の途中に現れる「小さな恐怖」とは何か。観客はなぜそこに引き込まれるのか。
- ・口伝(見て盗む)の学びは、なぜこの領域に有利なのか。
内容概要
本回は「演奏が人を引きつける瞬間」を、音の使い方と演奏者の状態の二層で整理する。 まず前提として、単に上手い演奏は聴き手に読まれやすく、想定内に収まると退屈に感じられる。 そこで鍵になるのが武道にも通じる先手・後手の感覚であり、演奏が後手に回ると観客は「どうせこう来る」と読めてしまう。 反対に、ちょうど良い想定外(予測可能性と意外性の組み合わせ)が成立すると、観客は演奏を追いかけ始める。 ただし想定外を技法として乱用すると支離滅裂になり、承認欲求の奇策に見えて逆効果になるため、 曲・演奏者の力量・観客の経験値・環境・時代性を含む全体性の中で初めて有効に機能する、と位置づける。 次に、音の使い方とは別次元として「演奏者自身が先手に立つ」条件を扱う。 先手とは身体が先行する状態であり、頭で考えて動く中枢的動作は神経伝達の遅れを生み、演奏を後手にする。 熟達が進み、意識による制御が極小化された時、演奏中に幸福感と小さな恐怖感が共存する独特の感覚が現れ、 その緊張の連続が観客の身体をも先行状態へ引き込む。 最後に、こうした領域はテクニックで作るのではなく、基礎の徹底と、口伝(模倣・同調)による学びの中で 自然に通過していくものである、という結論へ戻る。
まとめ
人を引きつける演奏は、外から「狙って作る」成果ではなく、 演奏者の内側で起きている状態変化が、音として立ち上がった結果として現れる。 先手とは、思考が先導することではなく、身体が時間を先行して生きていること。 そのとき音楽はコントロールされる対象ではなく、演奏者を通って考えられ、通過していく。 観客が引きつけられるのは、上手さの証明ではなく、 その場で“何かが起きている”という出来事に身体ごと立ち会ってしまうからだ。 だからこそ、学びは近道ではなく、基礎の徹底と、意識の過剰な介入が薄れていく時間の中でしか保証されない。 上級とは、テクニックを増やすことではなく、演奏の主体が「私」から少しずつずれていくことでもある。
内容の記録
0.導入:上手いのに反応がない/聴く側の能力は上がっている
・単に上手い演奏をすると、聴き手は想定内として反応しないことがある
・聴き手は「今起きているもの」を追いかけられる時に引き込まれていく
1.出発点:観客はなぜ特定の演奏に引きつけられるのか
・引きつけられる理由を、演奏者と現場で一緒に考える
・ヒントとして「先手・後手(武道にも通じる感覚)」を導入する
2.先手・後手:読まれる演奏は退屈になる
・後手に回ると「どうせこう来る」と読まれ、退屈になる
・先手を取ると観客は演奏を追いかけ始める(=引きつけられる)
・ただし先手を取りすぎると「何をしているか分からない」へ落ちる
3.音の使い方:想定内と想定外(予測可能性と意外性)
・人は予測できるものと意外なものの組み合わせに心を動かされる
・伝統音楽は「そもそも想定内に入らない」ため、ちょうど良い想定外を見つける必要がある
・音の使い方として先手を取るための観察力と技術が必要になる
4.例:評価される演奏の分析(ちょうど良い想定外)
・一般的(想定内)の演奏と、想定外が成立している演奏を比較する
・音の高さ(調弦)や響きの設計など、積み重ねで「ちょうど良い想定外」を作る
・部分だけを真似ると支離滅裂になり、奇策・承認欲求に見えて逆効果になる
5.重要:これはテクニックの話ではない
・徹底した基礎と、基本に忠実に弾ける地点の先で、自然と“自分にしかできない想定外”に行きつく
・観客を引きつけようと意図するほど、結果が逆になることがある
6.もう一つの軸:演奏する「あなた自身」が想定外になる
・先手とは身体が先行する状態(身体が先に動き、意識が後からついてくる)
・頭で考えて動く中枢的動作は、神経伝達の遅れにより“後手”を生む
・「音楽をコントロールする」のではなく「音楽で考える」状態へ
7.概念化:中枢的動作/運動の自動化/熟達者の領域
・意識で制御する随意運動は、演奏では遅れ(後手)として現れる
・反復で自動化が進むが、今回の主題は“自動化の先”にある
・熟達が極まると、幸福感と小さな恐怖感が共存する独特の感覚が現れる
8.観客に起きること:身体が先行する状態へ巻き込まれる
・場の空気が張り詰め、時間を忘れ、手に汗を握る
・理屈ではなく拍手を送りたくなる(感動への感謝が立ち上がる)
9.学び方:口伝(見て盗む)と模倣の力
・頭で支配する学びは逆効果になりうる
・口伝は、中枢を使いすぎず身体が先に動く方向へ収束しやすい
・アジアの学びの合理性(西洋式との違い)に触れる
10.結び:想定を超えた何かが生まれる音楽へ
・良い演奏は技術の再現ではなく、想定を超えた何かが生まれる音楽
・それが結果として観客を引きつける音楽であり、これからの音楽に求められること
初公開:2026-01-30 / 最終更新:2026-01-30