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はじめに|生成AIは便利だが、そのまま信じてよいわけではない
最近では、生成AIに三味線のことを尋ねる方も増えてきました。 用語を調べたり、違いを整理したり、頭の中を言葉にしたりする用途であれば、 生成AIはかなり役に立ちます。
しかし一方で、身体の使い方や痛み、怪我、演奏技術の習得のように、 実際の身体を通して学ぶ領域では、注意しなければならない問題があります。 それは、生成AIが間違えること自体よりも、 もっともらしく間違えること、 そしてその誤りをそれらしい説明で補強してしまうことです。
AIに「体を痛めやすい動作」を聞いた結果
今回の動画では、まず撥の動作に関する具体例を取り上げています。 三つの動きのうち、どれが最も体を痛めやすいかを最新の生成AIに尋ねたところ、 実際とは異なる順序が返ってきました。
ここで重要なのは、当たったか外れたかだけではありません。 本当に問題なのは、その後にAIが、 なぜその動きが危険なのかを専門的に見える言葉で長く説明し始めたことです。 体に詳しくない方が見れば、十分に正しそうに見えてしまうでしょう。
しかし実際の指導現場では、まずその人の動きの核心を見ます。 たとえば「親指を使いすぎている」といった一点を、 その人の状態に応じて短く伝えることの方が重要になる場合があります。 人は一度に多くのことを言われると混乱することがあるからです。
生成AIの本質的な問題|もっともらしい誤り
生成AIの危うさは、単純に間違えることではありません。 人間も間違えます。 問題は、分からないときに「分からない」で止まりにくいこと、 そして誤った内容でも、それらしい説明を後からいくらでも作れてしまうことです。
しかも一度指摘されると、前の説明と矛盾していても、 今度は別の理由づけで「やはりこちらが危険です」と もっともらしく言い換えることがあります。 この性質は、知識の整理ではまだしも、 身体を伴う学びでは非常に危険です。
なぜなら、間違ったことを体で覚えてしまうと、 後から修正するのが難しいからです。 状態によっては体を痛め、元に戻りにくくなることすらあります。
身体を伴う学びで、なぜ慎重さが必要なのか
身体技術の習得では、正しい一般論を知っているだけでは足りません。 どこに力が入りやすいか、どこで固まるか、 どの順序なら理解しやすいかは、人によって大きく違います。
同じように見える問題でも、 ある人は親指の使いすぎが原因かもしれませんし、 別の人は構えや呼吸、目の置き所、あるいは全体の緊張の持ち方に 根本原因があるかもしれません。
身体技術とは、一見すると定式化できそうに見えても、 実際には非常に個別性の高いものです。 だからこそ、現時点ではAIに全面的に任せるのではなく、 どこまでを補助に使い、どこから先は人間の判断が必要かを 見極める必要があります。
三味線と生成AI|ロングテール分野の難しさ
三味線は、ピアノやギターのような巨大市場の楽器とは異なり、 典型的なロングテール分野です。 学ぶ人の数も、発信する人の数も、 インターネット上の情報量も、主要な楽器と比べれば圧倒的に少ないのが実情です。
しかも三味線は、流派、ジャンル、地域性、身体の使い方の差などが大きく、 単純な一般論にまとめにくい領域でもあります。 生成AIは、豊富な情報があり、比較され、検証されてきた分野ほど強い一方で、 情報が少なく、参照先が限られ、現場差の大きい分野では精度が落ちやすくなります。
さらに厄介なのは、ロングテール分野では参照先そのものが少ないため、 古い情報、断片的な情報、自称的な情報、限られたやり方なども 学習や参照の対象に入りやすいことです。 その結果、本当は偏っている情報であっても、 整った文章で返されることで「一般論らしい知識」に見えてしまう危険があります。
生成AIが役に立つこと|思考整理と言語化の補助
とはいえ、生成AIが役に立たないわけではありません。 むしろ、使いどころを間違えなければ非常に優秀な補助になります。
- 用語や基礎知識の整理
- 一般論の確認
- 複数の選択肢の比較
- 自分が何に迷っているかの言語化
- 考えや発想の壁打ち
たとえば、津軽三味線と民謡三味線の違いを大まかに整理したい、 自分が何に引っかかっているのか言葉にしたい、 あるいは考えを一度外に出して眺めたい。 こうした用途には非常に向いています。
つまり生成AIは、 入り口の整理、思考の整理、言語化の補助としては とても優秀です。
今後さらに広がる可能性
今後は、生成AIの役割はさらに広がっていくと思われます。 たとえば、楽譜作成の補助、音声や録音の文字起こし、 レッスンメモの整理、曲や構成のアイデア出し、 創作時の壁打ちなどは、かなり実用的になっていくはずです。
特に、ゼロからすべてを生み出すというよりも、 すでに自分の中にあるものを整理したり、 別の角度から見直したりする補助として強みがあるでしょう。
生成AIを控えるべき領域|身体技術・個人差・自己表現
一方で、現時点では生成AIを控えた方がよい領域もあります。 それは、身体技術の習得全般と、自己表現の核心に関わる部分です。
人間の体は一人ひとり違います。 骨格も違う。癖も違う。力み方も違う。 同じように見える問題でも、その背景は人によってまったく異なります。
また、心の傾向も人によって違います。 理解しすぎると固まる人もいれば、 曖昧なままだと不安になる人もいる。 褒められると崩れる人もいれば、 厳しく言われると閉じてしまう人もいます。
指導とは、単に正しい情報を渡すことではありません。 その人に合った言葉、その人に合った順序、 その人に合った待ち方を選ぶことです。 この部分は、今のところまだ人間の領域だと考えています。
自己表現の本質は、一般論では届かない
自己表現は、一般論を覚えることではありません。 その人の体、その人の時間、その人の感覚が、 内側から少しずつ立ち上がってくることです。
この領域では、たくさん説明することよりも、 何を言わないか、どこで止まるか、どこで待つかの方が 重要になることがあります。 ここでは効率のよい情報提供だけでは足りません。
相手との関係の中でしか育たないもの、 特定の場でしか生まれないもの、 その人の必然性としてしか立ち上がらないものが確かにあります。 それは現時点では、まだ生成AIには引き受けられない領域です。
まとめ|AIに何ができて、何ができないのかを考える
生成AIは、情報を整理したり、一般論をまとめたり、 言葉にしにくいことを一度外に出して考える補助としては非常に便利です。 その意味では、学びや創作の入り口を広げてくれる大きな力を持っています。
しかしその一方で、 体を通してしか分からないこと、 相手との関係の中でしか育たないこと、 時間をかけて少しずつ立ち上がってくる感覚や表現は、 今のところ生成AIには引き受けられません。
だからこそ、生成AIに何ができて、何ができないのかを考えることは、 単に技術の限界を知るためだけではなく、 人間とは何か、学ぶとは何か、表現とは何かを 見直す入口にもなります。
生成AIが進化すればするほど、 私たちは逆に、人間にしかできないことを これまで以上にはっきり見つめ直すことになるでしょう。 その先にあるのは、単なる知識や情報ではなく、 体を通してしか立ち上がらない音、 関係の中でしか育たない表現、 そして一人ひとりにしか生み出せない必然性を含んだ音楽だと思います。
動画のタイムスタンプ
- 0:00 AIに「体を痛めやすい動作」を聞いた結果
- 1:50 生成AIの本質的な問題(もっともらしい誤り)
- 2:47 身体を伴う学びにおける危険性
- 2:56 三味線とAI(ロングテール分野の課題)
- 4:46 生成AIが役に立つこと
- 5:34 今後の可能性(活用の広がり)
- 6:11 生成AIを控えるべき領域(身体技術・個人差)
- 7:26 指導と自己表現の本質
- 8:06 まとめ(AIと人間の役割)
今回のポイント
- 生成AIは「もっともらしく間違える」ことがある
- 特に身体技術の習得では注意が必要
- 情報が少ない分野(ロングテール)では精度が下がりやすい
- 生成AIは思考整理・言語化の補助としては非常に優秀
- 身体技術・個人差・自己表現の核心は、現時点では人間の領域である
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